鈴木蘭々「女性四天王」のリーダーは任せた

別に見る気もなく見てた『笑っていいとも』なのであったが、テレビ番組の告知要員として中村俊介が出ていた。中村俊介といえば、先日、私が勝手に示した「日本人俳優四天王」の中核に据えたばかりだが、さすがの中核ぶりである。なんと本日夜の二時間ドラマの告知だという。『金曜エンタテイメント』だ。いや、別に二時間ドラマが悪いわけじゃないのだが、中村俊介よそれでいいのか?と首を傾げざるをえない。中村と妻夫木のどこにそれほどの差があったか。安藤政信は映画界でいいポジションを作りつつあるではないか。安藤の先には、浅野や渡部が待ってる感じだぞ。中村俊介、二時間ドラマ。何か哀愁である。やはり、台湾へ行こう。Go to 台湾2005。

そして見る気もなく続けて『ごきげんよう』も見ていたのだが、なんと、鈴木蘭々が出てきた。鈴木蘭々とは非常に唐突だろう。あまりに前触れがなさすぎたので、私は部屋をちょっとうろうろしてしまったほどだ。で、蘭々なのであるが、私は蘭々がまた何かテレビ以外のとこで蘇生したのだと思って見ていたのだ。たとえば結婚出産の「ママ業界」だったり、ファッション業界で「蘭々さんみたいなお姉さんみたいになりたい」とかそういうキャラクターが固定されていたり。しかし、テレビで見る限り、鈴木蘭々、以前と特に変わったところなし。「出産話」をするわけではなく「実は私最近こうなんですよ」という意味付けをすることもなく。「背骨が歪んでるのが気になる」という話をしてた。なんなんだ蘭々。しかも「大人になった」ということの意味付けにより微妙に「不思議度」を調節しなければならないという不自由な感じで。かなり大変だ。どうなる、鈴木蘭々。中村俊介と一緒に台湾に賭けてみるってのはどうだおっちゃんと一緒に、って私は誰だ。遠藤久美子、京野ことみ、山川恵里佳の3人も加えて、蘭々を中心に女性四天王だ。海を渡ることによって、すごい化学反応が起こらないとも限らないと思うのだが。頑張れ、四天王。

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# by cilen | 2005-01-14 14:25

杉田かおる入籍に見る「玉の輿」=「羨」の普遍

杉田かおるが入籍していた、ってことで私が驚いたのは、お相手が財閥の御曹司さんだったということではなく、「玉の輿」に何の迷いもなく「羨」という視線を送っている人が多いことである。「驚」が一番に来るも、根底に流れる「羨」。やっぱ金持ちと結婚するって「羨ましい」んだ。「勝ち組」って言い切れてしまうのって、「結婚」そのものを「勝ち」とするというよりも、「家柄・お金持ち」がいろんなことを見ないことにして「勝ち」としてる感じがする。「結婚」自体は「おめでとう」だろうが、「勝ち」って何なんだ。

「玉の輿」を無条件に「善」としてしまうことのダサさが去年の「純愛ブーム」だと思っていたのだがどうやら違ったらしい。なんか「学歴社会は悪だ」って声高に言ってる人が、「近所のだれだれ君が東大受かったらしいわよ」という世間話に「凄いわねぇ」と言ってしまうのと似ているな。それを「凄い」って言ってしまったら、全部おじゃんだろうってな感じ。

「純愛にうっとり」と「玉の輿、羨ましい」とを同時に思うことは、本来難しいことのはずである。だって根本に大きな矛盾を抱えているだろう。玉の輿に「羨ましい」と思ってたら、純愛に「うっとり」できないんじゃないどろうか。でも、きっと同一人物が「うっとり」したり「羨まし」がったりしてるんだろうなぁ。

しかしその「矛盾」はどうにも「無いこと」になってる感じがする。しかし私はいいたい。矛盾は、あるぞ、絶対。で、その矛盾を抱えていることは、ダサいわけだぞ。分かってくれ、日本の人の何割かの人よ。って何で私はこんなに熱くなってるんだか。

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# by cilen | 2005-01-13 21:34

細木数子の「遊園地性」に見る予定調和の盤石

私はかねがね、細木数子が支持されている背景には、細木が放つ「遊園地性」が影響していると思っていた。「細木数子遊園地説」だ。って誰もそんなこと言っちゃいないわけだが。

遊園地はスリルを楽しむ場所である。しかし、絶対的に安全。危険地帯に踏み込んだような錯覚を与えることが、遊園地の機能であると言える。

細木数子の売りは「ズバリ核心をついた言葉」だ。人が隠蔽して、誰にも触れさせなかった、自分でも触れようとしなかった点をズバリと指摘し、それを踏まえたアドバイスをする。細木はいつでも「ズバリ」と言うのだ。

私は細木数子の洞察力は一級品だと思う。でも、その洞察力を披露するだけでは、テレビとしては成立しない。よく、「芸能人が細木先生に相談」という企画をテレビでやっているが、ここで細木がしてはならないことは、「ゲストをキレさせる」ことだ。「テレビ的素顔」ではなく「本当の素顔」というのは放送できない場合もあるだろう。収拾のつかない感情表現が芸能人から出てしまったのでは、「ズバリ言う」ことがテレビとして効果的ではない。ゆえに、細木は洞察力をフル稼動しながら、「テレビ的な素顔」におさまる「ズバリ」を提供する。その「テレビ的ズバリ」たるや見事。

で、この「テレビ的ズバリ」が「遊園地性」である、と私は感じるのである。スリルを与えてはいるが、絶対ある線を踏み外さないという安心。これは視聴者の側でもそうだろう。親子でテレビを見るにあたって、「羽賀研二は、ズバリ言われたことによって発狂するかもしれない」というシーンは不適切だ。あまりにドキドキ感が強すぎるだろう。「怖いものみたさ」の「みたさ」より「怖い」が先行してしまうだろうし、やっぱり「見世物」としてあってはならないというモラリズムも登場してくる。で、この感じは「遊園地」を越えるということで、一般的な需要はあまりないわけだ。

そして、細木数子はその「遊園地性」を必ず守る。だから、テレビ番組として成立し、視聴者も安心して「ズバリ」を観賞できるのだろう。で、そのアトラクションの遊び方をユーザーが分かるかねているようだったら、「今、誰にも触れられたくなかったとこを、ズバリエグってやったところよ。」細木は何の逡巡もなく、その遊び方を説明する。アトラクションに対する自信の現れだろう。まぁ、そういう「計算ずく」において細木数子は完璧だと思う。求められている問いの答えに必ず「正解」を持っていて、その「正解」を効果的に丁度良く出すすべも知っている。

でも私は、わざわざ「細木数子遊園地」に足を伸ばしたりはあまりしない。なんとなくあまりの予定調和ぶりに退屈を感じるからだ。「ここ怖がるんですよ~」って言われてもね。てな感じ。確かにそれはそうだろうけど、でも私のことはほっといてくれって気分になってしまう。まぁ「関口宏遊園地」よりはおもしろいけど。

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# by cilen | 2005-01-12 17:33

「ABCお笑い新人グランプリ」その失墜ぶりについて

「ABCお笑い新人グランプリ」という賞は、かつては権威のある賞だったと思う。ダウンタウン、ナインティナイン、ますだおかだにフットボールアワー。新旧問わず名だたる若手芸人が通過していることを考えればそれもうなずけるところだろう。キングコングがグランプリをとった時は、あの若さで、「『あの』ABCのグランプリ」みたいな「あの」という言葉がまだ機能していたと思う。しかし、今年を見る限りもはやその権威は失墜も失墜。もう獲っても獲っただけみたいな、なんの価値見出せないものになってしまったな。グランプリがアジアンって、脱力もいいとこ。ブサイクな女の子がツッコミの女性コンビで、ブサイクをネタにするっていう古典といや古典なんだけど、その古典度合が不愉快っていうか、一番面白くない古さを醸し出しているコンビだと私は感じていた。しかし、グランプリはアジアン。そして、司会は桂三枝。

この権威の失墜ぶりは、ABCという放送局が、テレビ朝日の系列局であることが大きく関係していると思うが、テレビ朝日の「若手芸人新人賞」と言えば、もはや「M-1グランプリ」なわけである。年末には局をあげてM-1を盛り上げているし(『速報:M―1グランプリへの道』という『速報:甲子園への道』と全く同じ形態の期間限定レギュラー番組まで放送している)、この賞は昔から本選10組が終わったあと最終決戦に残る3組を選ぶための審査時間を取るのだが、その間に時間を埋めるために近年の新人賞受賞者が漫才をやることが恒例となっていて、今年だったらそこで笑い飯が漫才をする時に「あのM-1グランプリで3年連続の決勝進出・笑い飯のお二人です」という紹介になってしまっているのである。以前、その番組にあったはずの「あの」を、自ら放棄している体たらく。自ら「これは、近畿大会です」という申告をしたいのではという風に見えた。優勝しても、その先のない「近畿大会どまりの大会」。それがABCお笑い新人グランプリの現在だ。

でまぁ、アジアンというのは、本当にそういう「近畿大会」としてやっていきます、という意思表示なのかも知れない。NGK(なんばグランド花月)で、旅行客の老人相手に漫才をできる若手の育成。オール阪神・巨人であったり、宮川大助・花子をゴールラインに設定し、その場所へ向かうべき若手の発掘と育成をこの賞の主眼に据えたのかも。アジアンって、ズバリな古さなわけだし。まぁ、M-1との棲みわけをきちんとしたい、ということなのだろうと解釈する。ならば、来年から私は見る理由がなくなるが。

でまぁ、少し話はズレるが、せっかくだからM-1についても述べておきたい。吉本興業所属の大阪の若手芸人って数年前までは常に大本命であったわけだが、これからはたぶん厳しい。理由は、ある程度売れてきた若手は、吉本興業が必ずNGKで漫才をやらせるからである。吉本内には「NGKで笑かせてなんぼ」みたいな空気がまだまだ色濃く残っていると感じる。すると必然的に、但し書きや言い訳なんかを随所に挟んで色々説明しなければならないわけだ。もちろんテンポも落としてやらなければならない。じゃないとツアー客相手にウケないからである。もちろんこれまでも大阪の若手はこの環境の中戦ってきたわけだが、しかしアンタッチャブルやいつもここからやアンガールズ辺りを現在の感覚とするならば、そういう作業をする時間を取っていたのではもう追いつかないだろうという感じ。その意味でも来年の南海キャンディーズには注目なわけだが。

ところで、私もここサイトに、数回「韓流」に関する文章を書いたが、たとえば読む人のほとんどが「『韓流』ファンド真ん中の人」と「老人」なのであれば、記述のしかたも考えるだろうと思う。嫌われたくないからではなく、真意をちゃんと伝えたいからだ。その上での判断を仰ぎたい。刺激して曲解されないように、丁寧に書こうとするのは自然だろう。芸人にとってもそれは同じことだと思う。「わからない」のに「おもしろくない」と判断されたくない、ならば「わかるように」注釈を付けて、テンポも落としてやるのだ。で、この作業の無駄な感じ。この無駄が「おもしろ」の感覚を少なからず奪ってしまうと思うのだがどうだろう。昨年のM-1における笑い飯の失速は、ここにも原因があるかな、と感じるのだが。

しかし、「ABCお笑い新人グランプリ」は、この無駄を無駄と感じない人が受賞する新人賞になってしまった感がある。私から見ればそれは「お笑い」の退行を意味するものだと思うし、「東京に進出して、番組を持つ」的な将来を夢見る若手芸人に対する非礼だと思う。「おもしろ」という感覚は常に更新されてきているのだ。誰も知らなかった「おもしろ」を無かったところから出してくる。その刹那の「旬」を私は常に楽しみにしていたい。だから「お笑い」って最も尊く、かっこいいと私は思うのだ。

ABCよ、もう一度ちゃんとした「登竜門」の姿を取り戻してくれないか。M-1とABCの両方の審査をやった大竹まこと。私は、あなたの所見を知りたい。

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# by cilen | 2005-01-10 21:34

宮里藍は大義名分の中に存在するスーパーアイドルである

ぺ・ヨンジュンやイ・ビョンホンを取り巻く(ことになっている)空気と、酷似するのは当然ながら氷川きよしを取り巻く空気なのであるが、その女→男目線とは逆の、男→女目線で似たような空気の世界観が構築されている(ことになっている)と思うのが宮里藍を取り巻く世界であると思う。

男性が女性を観賞する場合に「美」や「かわいい」は当然「善」であるわけだが、女子プロゴルフ界には長く「美不在」という時代が続いていた。出てくる新人新人みんな残念。もはやゴルフ界だけは「アイドルなんていりません」という、開き直りすらあったようにも思う。

ところが、宮里藍の出現によりおじさんたちの男性本能に一気に火が付いた感がある。「かわいい」はやはり、普遍性をもっていたのだと思わされた一件であった。長らく女子プロゴルフを応援していたおじさんたちにとって、ようやく自慢できる一品を手に入れたというか、「不動裕理よ、どうしておまえはそんなに無愛想なのだ」と「美不在」に開き直りきれずに、歯がゆい思いをしていたおじさんたちが一気加勢に「僕たちには、藍ちゃんがいる」という万歳三唱を繰り返しているかのようだ。

「ゴルフ」っておじさんたちにとっては、おそらく大義名分ってなことだろう。日曜に「アイドルの握手イベントに行ってくるよ」と行って出かけるお父さんは、子どもに軽蔑されるだろうが、「ゴルフ見に行ってくるよ」は問題ないわけだ。アイドルのグラビアページがメインの雑誌は買いたいけど買えない、でも週刊現代とかポストとかなら買えて、そのグラビアページを見ている分には問題ないとかそんな感じの大義名分。

宮里藍って、この「大義名分の中で安心して応援できるアイドル」って感じだと思う。「アイドルの握手イベント」に赴いて満たされる欲求と、ゴルフ場に赴いて握手してもらって満たされる欲求って同質のものだろう。しかし、大義名分性はゴルフが圧倒的に優勢なのだ。

そしてそんなおじさんたちの本能をターゲットにした番組が行われていたわけだが、「JUNKSPORTSの女子プロゴルファー特集」。宮里藍を始めとする若手女子ゴルファーが一同に会し、「休みの日の過ごし方」とか「恋愛話」とかそういう話をする類の「素の一面」にスポットをあてた番組であった。当然、番組の肝とするとこは「藍ちゃんの素顔」であるので「小倉優子の素顔」と同質なのであるが、彼女がプロゴルファーである以上、一応くくりは「プロ野球選手が一同に出演して球界の裏話をしている」ってのと同じになる。見たいところは「藍ちゃんのかわいい素顔」であるにも拘らず、その性的な部分を見るスタンスとして除外してくれる「ゴルフ」。お父さんにとっては本当においしいところだろう。

でまぁ番組に出ていた女子プロゴルファー。私みたいな一般人などは、出演していた8人くらいのゴルファーのうち名前と顔が一致していたのが、宮里藍と横峯さくらと東尾理子くらいで、あとの人たちは初見であった。さらに、初見の人たちが別段かわいかったり美人であったりするわけではない。「スポーツ選手」というとこで、ビジュアル的な基準を大幅に下げてみても「テレビ的にはアウト」と宣告される人もいただろう。しかし、「宮里藍がいれば成立する」と当て込んだフジテレビ、正解。私が思うにおじさんたちの間では「藍ちゃん派」の最大派閥にアンチの姿勢を示す「さくら派」や「理子派」がいるのではないかと思う。何というか「モーニング娘の中で誰が一番かわいいと思うか?」みたいな、「なんでその中から選ばなければならないのか?」という疑問が一切なくなっている空間が「女子プロゴルファーを応援する人たち」の中にあるんじゃないだろうか。他に美人スポーツ選手なんて山ほどいるのに、もう「女子ゴルフ」が絶対になるがゆえ、「その中から選ぶことが義務」みたいになっている感じ。そこで「非藍ちゃん派」のメンタルを持ったお父さんたちの「選択の装置」みたいな、そのような品評会のようにも見えた。で、この「選択の装置」こそが「別にかわいくない」ことの問題を無形化してしまうわけである。あの子のこと好きな人もいるかも知れない、で十分なわけだ。重要なことは、「藍ちゃん派のお父さん」には藍ちゃんをたっぷり観賞してもらい、「非藍ちゃん派のお父さん」には、藍ちゃん以外の誰かを応援してもらう、というスタンスで、その視点から見れば、この番組は見事であったと思う。

まぁこの発展形の女子ゴルフ界も宮里藍あって成立する世界観なわけである。大義名分の中でのスーパーアイドル藍ちゃん。その人気がどこまで影響を及ぼすか、ちょっと注目。


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追記:ランキングについて、個人的所見。
現在(1月9日午後10時)、テレビ・ラジオ部門で6位か7位くらいだと思うのですが(クリックして下さってくれている方ありがとうございます)上から10番までのここ意外の9つサイトのうち7つが「韓流」に関するものです。私はブーム自体を否定するわけではありませんが、「そればっかりがテレビじゃないだろう、だってぺ・ヨンジュンより、船越英一郎の方がテレビ出てるし」とも思うわけで、何かバランスの悪さを感じます。最大にして最強メディアであるテレビをたくさんの人が論じれ合える、ブログというもののテーマに添った、そういう空間を望みたい。個人的に同種のサイトがたくさん並んでいた方がおもしろいと思いますし、もちろん、「韓流を応援するサイト」があってもいいわけですが、「あれもあるし、これもある」でふつうだろう、と思うわけです。「あれ、ばっかり」っていうのはどうにもバランスが悪いな、という感じで。ということで、私はそういう姿勢で「韓流」と対峙したいと思っています。賛同して頂けるかたは、是非クリックお願いします。では、また。
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# by cilen | 2005-01-09 22:14